2007年5月5日土曜日

父エッセイ2 「キンピラゴボウ」

お弁当箱のふたを開けると、真っ白なごはんがびっしり詰まっているだけで、おかずは何もなかった。私はあせってしまった。
高校に入学して初めてのお弁当の日、友達もまだできず、おかずを分けてもらうこともできない。それよりも貧しそうに見えて恥ずかしかった。とにかく少しだけでも食べて早々に箸を置こうと白いご飯をひとすくいしたら、一番下からお肉の塊が出てきた。やられた!と思った。
またある日は、大きなおにぎりの中から小紙片。何が書いてあるのかと広げているうちに、級友たちが寄ってきた。「またいたずらされたの? 今日は何? クイズ? それとも説教? 」。

私の実家は墨田区業平橋のバス停前で大衆食堂をしていたので、厨房にいる父が子供たちのお弁当を作ってくれていた。
父が作るお弁当だから雑だったが、何かしらのいたずらが隠されていて、口では「恥ずかしいから普通のお弁当を作ってね」と言いつつも、学校で開けてみるのは楽しみだった。

ある夜、ご飯の上に箸を乗せたままの父の夕食が階段の脇に置いてあった。夕食を食べ始めたもののお客さんが入ってきたので中断したのだろう。父は厨房で威勢のいい音を立ててチャンナベを振り回して野菜炒めを作っていた。
父のおかずはキンピラゴボウだった。私と弟にある考えが浮かんだ。洗濯籠の中に父のベルトがあった。長年の愛用品でベルトの先がぼろぼろになっていて、そして見事にキンピラ色だ。常日頃の父のいたずら弁当のお返しとばかりに、私と弟はハサミを持ってきてベルトの先を細く切った。そして……父のキンピラに混ぜた。
私と弟は期待に胸弾ませて父のキンピラを見つめていた。一区切りついた父が戻ってきて、ヨッコラショと座り、新聞を読みつつご飯を食べ始めた。キンピラを口に入れた。動きが止まった。口の中から何だこれは……と出しつつ私たちと目があった。
「何かしたなぁ~お前たち!」
「いつものお弁当のお返しだよ」と弟が言った。
「たわけんとらぁめ!」
馬鹿なやつらめ……と父が名古屋弁で言った。父は口の中から出したものをしげしげと見て「ベルトを切ったのか」と言った。父はお茶で口をすすぎ
「たわけめ!あのベルトの先は、俺が便所に入るときにいつも前に垂れ下がってしまって、おしっこが染みているところだぞ!」
おしっこが染みているところがキンピラに!私と弟は畳の上を転げまわり涙が出るほど大笑いをした。

子供をユーモアたっぷりに、おおからにゆっくりと育ててくれた父が逝って、今年で14年になる。

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