2007年5月4日金曜日

がんエッセイ16「むくげの花」

Kさんに捧げるエッセイ

木槿(ムクゲ)の花が風にゆれている。木槿は韓国の国花で無窮花(ムグンファ)と書く。ハイビスカスを小さくしたような花で、色は白、薄紅色、紫、あるいはまたそれらの混色がある。花言葉は<強い精神力、繊細な美、信念、デリケートな愛>。強い太陽にさらされながらも、夏をしっかりと乗り切っていくこの花が私は好きである。

学生時代は数学・物理などが苦手で、兎にも角にも活字が好きだった。1963年「週刊新潮」で始まった山口瞳さんの『男性自身』を中学生の頃から愛読していた。子どもゆえにわからない内容もあったが、人や物を悪く書かない山口瞳さんに惹かれた。
本箱を整理していたら、『男性自身・木槿の花』が出てきて懐かしく手に取った。この本は昭和57年から61年までの「男性自身シリーズ」として発行された4冊の本の中からセレクトされたエッセイで成り立っている。
171ページには、「笑っていいか」という章がある。内容は『ニューヨークのすし屋ではガリの事をジンジャーというそうだ。向田邦子が「アガリ」のことを「アップ」といったが通じなかった』などという他愛ない面白話が書いてある。久しぶりの再読。上質な笑いがわきあがってくる。そうそうこの感じ、そしてこの笑い。笑いががん体験者には必要なの、と一人でうなずく。笑うと血液中のリンパ球が活性化するのは事実で、そのなかでも特にNK細胞は、活性化をすればするほどウイルスやがん細胞を食いまくってくれるそうで、だから、がん患者にとって笑うことは非常に大切なことになる。
私の友人のKさんが、悪性リンパ腫で初期治療のあとに再発をされた。「再発をしました。次は骨髄移植を含めた治療になります」というメールを頂いたのが八月の下旬。切なかった。

エッセイを書いていますというのもおこがましい私だが、少し前は身の程知らずの野心があって、文藝春秋社・ポプラ社・読売新聞社などに売り込みをかけたがコトゴトク駄目で、「木曜日のエッセイは」日の目を見なかった。普通ならしぼむところだが、私はコツコツとエッセイを書いていく道を選ぶことにした(それしか残っていない・笑・)。作家になれる可能性は極薄だけれども、作家の真似事はいつもしてみたいと思っている。『木槿の花』の171ページの「笑っていいか」様式で、これからがんの再治療に向かうKさんにエールを送りたい。笑っていただいてNK細胞がKさんの体内でより活性化してくれるのを願って……。
では、「笑っていいか」ゆはらきみこバージョン。 

■最近体重計を買った。100gでも下がるとうれしい。昼間にどうしても量りたくなって乗ってみた。着ている服が邪魔。だんだん脱いでスッポンポンになったところで、ピンポン宅急便です!とキタモンダ。急いで服を着た。玄関でかなり待たされた宅急便のお兄さんの笑いがどう見てもこわばっていた。
■息子が電気自転車を買ってくれるという。コンセントは廊下の向こうにある。自転車を家の中にどうやって入れたらいいか。自転車の寸法を計ったり家の間口を計ったりしてかなり悩んだ。
■外人男性とダブルスを組んでバドミントンの試合をした。カウントがわからなくなったので、イクツ?ときいたら、彼は「32歳デス」ってきれいな日本語で答えた。あのねぇ……試合中に年齢を訊く?
■海外旅行で白金ペンダントヘッドを買った。ターバンを巻いたインド人が応対してくれた。電卓をたたいて値段の交渉。たたいては拝み倒しをくりかえした挙句についに出てしまった。「ワンボイス!」もちろん通じるわけない。日本の恥だった(汗)
■Suikaを使い始めの頃、改札のきっぷ投入口に押し込もうとしたが入らなかった。その姿を、友人に目撃されて笑われた。最近はスイスイ使える。お財布から出して改札機に見せるだけだもの。先日、お財布を改札機に見せている人を発見。連れに、お財布の中のSuikaを最近は読み取れるようになったのね、と小声で訊いたら、初めからよ、とあきれた声で返答された。
■高見盛関を見ると「キョドキョド」という文字が浮かぶ。その高見盛関が2004年5月19日に千代大海関に勝ってうれしそうにインタビューを受けていた。アナウンサー「おめでとうございます」高見盛関「ありが、とぉございます。ゼイゼイ(息)」アナウンサー「この頃インタビュールームに余り来てもらえなくて」高見盛関「そう言われても……(キョドキョド)」高見盛関は負け続けで、インタビューされる機会もなかったのだ。悪いことを言たかなぁ、とアナウンサーの顔。仕切りなおしだよNHK。
■「犬のウッフンは飼い主が始末しましょう」。京都旅行で見つけた看板。フンの前にウッがいたずら書きされていたのだ。糞に悩んだ近所の人のウップン晴らし。
■友人のお嬢さんが結婚をされる。格式だか見栄だかを重んじる東×地方にお嫁に行く。花婿の父上が上京されて花嫁宅に挨拶に。胸内ポケットからかなり分厚い封筒が。格式ある東×地方のこと、これでお支度を……と思ってしまった友人は、何百万円入っているのかとドキドキしたそうだ。出されたのは格式ある家系図の巻物だった。要らないちゅうのそんなもの!と友人は胸内で言った。
■台風一過は「台風一家」。海の向こうは「大きな滝になっている」。電車が不通になったのは「急行がなくて普通」。地球上に住んでいる人が振り落とされないように「地球はものすごいスピードで廻っている」と思っていた。私の中学生時代。

木槿はきれいな花であるが一日しか咲かない。僅かという字が木偏を伴って使ってあるのはそのためである。わずかに咲く花など縁起でもないと思われるかもしれないが、人生はどれを取ってどれを信じて歩いていくかで道は大きく違っていく。がんになったら自分にとって都合のよいものだけを体や脳に入れることは大切である。だから私は木槿の花のあり様よりも、花言葉の中の<強い精神力>を選び取ってKさんに贈りたい。山口瞳さんとまでは行かないが笑いを少し添えて……。骨髄移植の治療は順調だろうか……。

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