がんエッセイ13「影」
7月の末に、健康診断書が出来上がっています、との電話をもらったので中堅どころの病院に出向いた。渡された大きな封等。金額の精算。お大事に!という受付の女性の流れ作業的な声を背中に病院の玄関を出かかったが、ふと中をのぞいてみる気になった。
仕事上必要な一般的健康診断のほぼいつもどおりの数値が並んでいる。順に追う。肺をかたどった図のところで目線が止まった。左の肺に黒く塗りつぶした楕円が一つ。その横に要精査の文字。要精査が精密検査を要することだと把握するまでに数十秒かかった。そして背筋がすーと寒くなった。
急いで受付に戻り、説明を伺いたいのですがと言ったら、診察することになりますが、と受付嬢は無表情でこたえる。診察をすればお金がかかりますが宜しいでしょうか、ということらしい。必要な説明をすることに医療側の責任ないのか、とかすかな憤りを覚える。
★
「時々ですが、乳首が影として写ってしまうことがあるんですね。暇ができたら一度CT検査されることをお奨めします」
暇ができたらでいいんですね、と押し返そうとしたが、このような不親切な病院で再検査などするものかと、13年前に私のがんを発見してくださった老医師のところに行くことにした。
老医師は、<町医者こそが診療に細心の注意をはらい、一人でも多くの患者を病から救い上げる使命を持つべきである。病院の建物がいくら綺麗でも患者は救えない。医師は心である>、が口癖である。
診察の日、私は肺の影を説明した。しかし、老医師はきちんと聴いていない。そして、「何であんたは、がんを発見した私の元に10年も来ないのか」と早々に説教を始めた。私としては、がんを発見してもらった事は重々感謝しているし、あとの手術と治療は老医師に紹介された都立病院の血液内科にかかって、その病院の経過観察の中にいるので、この老医師に不義理をした感覚はないが、その間一度も顔を見せなかったことにどうやら怒っている様子である。
「いいですか。私はがんを発見することに命をかけているんですよ。今はね、がんを一つやった人なんてヒヨコ。重複がんの人いっぱいいるんだから。それなのにその後一度も来ないで、あなたはがんを発見した私を捨てた!」
オーバーなと思いつつも「はぁ(-_-;)」と私はうなだれて、小言が終わるのを待った。
レントゲン室が空いたと看護士が呼びに来た。先導する看護士と従う私に「オイ待て、オッパイにこれを貼れ!」と老医師は胸のポケットから出した煙草の箱の中にある銀紙を抜いて看護士に渡した。
看護士は銀紙に綿テープをつけて乳首に張ろうとしたが、上手くいかない。「自分で貼ってもらおう!」と看護士はふんぞり返って老医師を呼びに行った。老医師がやってくる。こうやって貼ればいいんだよ。アレ、もう少しテープがいるかな。隠れないなぁ。オッこれでいい。こうやってオッパイのありかをちゃんとして、と老医師は満足そうである。私は上半身裸である。重大な再検査に臨んでいるというのに、老医師が私の乳房を押さえ込んでいる一所懸命さに、なぜか笑いがこらえられなかった。
★
仕上がったレントゲンフィルムを見る。あばら骨が交差しているその右下にかすかな丸い影。大きさはまさしく乳首ほどである。しかし対にあるべき左側にその影は見えない。
老医師は不信の目で「細工をしたにもかかわらず乳首は何故はっきり写らなかったのか」と横に立つレントゲン技師を責めるかのように振り仰いで訊いた。
「何貼ったんですか?」ぶっきらぼうなレントゲン技師の声。
「煙草の銀紙だよ」
「そんなもの写らないですよ」あきれたようなレントゲン技師の声。「しまったなぁ、二つ折りではだめだったか。三つにも四つにも折ればよかったなぁ」悔しがる老医師。そんな問題じゃないのにとばかりに、首をひねりながらレントゲン技師は退出した。老医師はつぶやく。「ピップエレキバンがあればよかったのになぁ。誰かが貼っているのをはがしても、そうすれば良かったなぁ」
★
他人の貼ったピップエレキバンを乳首に貼られる災難は免れたが、方法を誤って折角のレントゲンフィルムの読み取りに失敗した老医師は私を立たせてさらに試行錯誤をした。こうやってレントゲンの板が迫ってくるだろう、オッパイはこうつぶされる。透明の30cm物差しを胸に当てる。するとこの中心から6cmのところに、乳首がこうなる……。老医師はう~んと唸る。私もこの状態を熱心とみるか頼りないとみるかでう~んと唸る。
結局のところ、影の正体は疑問のままで、9月の肺がん合同研究会に提出をするからと、結果はそれまでお預けとなった。
先生、私の命は大丈夫?と訊いたら、心配ない心配ない!と言った。
★
プライバシーなどどこ吹く風で、待合室にきこえるような大声で患者や看護士に指示を出している老医師。診療時間など気にせず、少し笑えるような試行錯誤をやってしまうむちゃくちゃな老医師であるが、その分、患者のほうも遠慮なくとことん質問ができるので繁盛している病院である。
会計を済ませて暑い外に出た。
背の高いビルの谷間に、「真剣な医療は建物ではない」と言わざるをえない老医師の古い診療所が影のようにポツンとある。消えてほしくない影だなと思いながら、他方で消えて欲しい私の影を憂れう。今年の夏はひたすら長く、そして私の中でまだ終わっていない。
仕事上必要な一般的健康診断のほぼいつもどおりの数値が並んでいる。順に追う。肺をかたどった図のところで目線が止まった。左の肺に黒く塗りつぶした楕円が一つ。その横に要精査の文字。要精査が精密検査を要することだと把握するまでに数十秒かかった。そして背筋がすーと寒くなった。
急いで受付に戻り、説明を伺いたいのですがと言ったら、診察することになりますが、と受付嬢は無表情でこたえる。診察をすればお金がかかりますが宜しいでしょうか、ということらしい。必要な説明をすることに医療側の責任ないのか、とかすかな憤りを覚える。
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「時々ですが、乳首が影として写ってしまうことがあるんですね。暇ができたら一度CT検査されることをお奨めします」
暇ができたらでいいんですね、と押し返そうとしたが、このような不親切な病院で再検査などするものかと、13年前に私のがんを発見してくださった老医師のところに行くことにした。
老医師は、<町医者こそが診療に細心の注意をはらい、一人でも多くの患者を病から救い上げる使命を持つべきである。病院の建物がいくら綺麗でも患者は救えない。医師は心である>、が口癖である。
診察の日、私は肺の影を説明した。しかし、老医師はきちんと聴いていない。そして、「何であんたは、がんを発見した私の元に10年も来ないのか」と早々に説教を始めた。私としては、がんを発見してもらった事は重々感謝しているし、あとの手術と治療は老医師に紹介された都立病院の血液内科にかかって、その病院の経過観察の中にいるので、この老医師に不義理をした感覚はないが、その間一度も顔を見せなかったことにどうやら怒っている様子である。
「いいですか。私はがんを発見することに命をかけているんですよ。今はね、がんを一つやった人なんてヒヨコ。重複がんの人いっぱいいるんだから。それなのにその後一度も来ないで、あなたはがんを発見した私を捨てた!」
オーバーなと思いつつも「はぁ(-_-;)」と私はうなだれて、小言が終わるのを待った。
レントゲン室が空いたと看護士が呼びに来た。先導する看護士と従う私に「オイ待て、オッパイにこれを貼れ!」と老医師は胸のポケットから出した煙草の箱の中にある銀紙を抜いて看護士に渡した。
看護士は銀紙に綿テープをつけて乳首に張ろうとしたが、上手くいかない。「自分で貼ってもらおう!」と看護士はふんぞり返って老医師を呼びに行った。老医師がやってくる。こうやって貼ればいいんだよ。アレ、もう少しテープがいるかな。隠れないなぁ。オッこれでいい。こうやってオッパイのありかをちゃんとして、と老医師は満足そうである。私は上半身裸である。重大な再検査に臨んでいるというのに、老医師が私の乳房を押さえ込んでいる一所懸命さに、なぜか笑いがこらえられなかった。
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仕上がったレントゲンフィルムを見る。あばら骨が交差しているその右下にかすかな丸い影。大きさはまさしく乳首ほどである。しかし対にあるべき左側にその影は見えない。
老医師は不信の目で「細工をしたにもかかわらず乳首は何故はっきり写らなかったのか」と横に立つレントゲン技師を責めるかのように振り仰いで訊いた。
「何貼ったんですか?」ぶっきらぼうなレントゲン技師の声。
「煙草の銀紙だよ」
「そんなもの写らないですよ」あきれたようなレントゲン技師の声。「しまったなぁ、二つ折りではだめだったか。三つにも四つにも折ればよかったなぁ」悔しがる老医師。そんな問題じゃないのにとばかりに、首をひねりながらレントゲン技師は退出した。老医師はつぶやく。「ピップエレキバンがあればよかったのになぁ。誰かが貼っているのをはがしても、そうすれば良かったなぁ」
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他人の貼ったピップエレキバンを乳首に貼られる災難は免れたが、方法を誤って折角のレントゲンフィルムの読み取りに失敗した老医師は私を立たせてさらに試行錯誤をした。こうやってレントゲンの板が迫ってくるだろう、オッパイはこうつぶされる。透明の30cm物差しを胸に当てる。するとこの中心から6cmのところに、乳首がこうなる……。老医師はう~んと唸る。私もこの状態を熱心とみるか頼りないとみるかでう~んと唸る。
結局のところ、影の正体は疑問のままで、9月の肺がん合同研究会に提出をするからと、結果はそれまでお預けとなった。
先生、私の命は大丈夫?と訊いたら、心配ない心配ない!と言った。
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プライバシーなどどこ吹く風で、待合室にきこえるような大声で患者や看護士に指示を出している老医師。診療時間など気にせず、少し笑えるような試行錯誤をやってしまうむちゃくちゃな老医師であるが、その分、患者のほうも遠慮なくとことん質問ができるので繁盛している病院である。
会計を済ませて暑い外に出た。
背の高いビルの谷間に、「真剣な医療は建物ではない」と言わざるをえない老医師の古い診療所が影のようにポツンとある。消えてほしくない影だなと思いながら、他方で消えて欲しい私の影を憂れう。今年の夏はひたすら長く、そして私の中でまだ終わっていない。
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